
バーチャルいい小説ウス!
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ウスイちゃんの訴え
一
はい、はい。よろしくお願いいたします。私はVTuberです。しがない身分ですけれども、きょうまでそれなりに沢山の活動をして、幸いなことに、ファンのみなさんもついて、毎日楽しくやっております。ファンのみなさんと、楽しくお喋りをするのが好きです。ゲームをしながらお喋りをすると、心が躍ります。起き抜け、窓の外、均した土の端から力強く開いた花弁に、朝露が光るのを見ると、思わず口元がほころびます。今朝などは、何処から聞こえてきたのでしょうか、雀のさえずりで目を覚ましまして、たいへん爽やかな心地で午前を過ごしました。
ああ、ええ、そうなのですか、VTuberをご存じないのですね。それはいけない。なぜなら、私はVTuberに憧れ、心酔して、きょうまで来たのです。それなのに、私とあなたがお話をするのに、あなたがVTuberをご存じないのでは、てんでよろしくない。片手落ちというものです。いえ、いえ、大丈夫です。そんなに不安がらなくてもよろしいでしょう。私のお話を、よくお聞きください。これからの話は、今までの私のすべてです。私がVTuberとして、今のようになるまでを、すっかりお話しします。そうすると、VTuberの何たるかが分かりますでしょう。そう、きっとそうです。それがいい。お聞きください。お願いいたします。
二
どんなお天気だったでしょう。私、体調は優れていたかしら。もしかしたら、お友達と映画を観に行って、疲れて帰った後だったかも。とにかく、その日の細事は思い出せません。ただ一つ、胸を打たれた記憶だけがあります。雷鳴が音もなく轟き、私の身体を稲妻が駆け巡りました。白い光が見えました。衝撃に全身が打ち震えました。彼女はそういう存在だった。いえ、いえ、何を言ったのかしら、今も彼女は居るのです。過去の存在ではない。そうなのです。彼女こそが、VTuberでした。画面の向こうで、笑顔で、楽しくお喋りをしていて、こちらに手を振っていました。とても可憐で、立派なお姿でした。はっきり申し上げて、私は恋をしたのです。しかし彼女は、存在してはいないのです。現実には居ない。おわかりになりますか、ねえ、ねえ。
恋とは、身勝手なものです。好きで好きでたまらないのに、突き詰めれば突き詰めるほど手前勝手になるのです。深まれば深まるほど、ふと客観した自分が醜く映る。けれども、これほど純粋で、美しい感情がほかにあるでしょうか。盲目的に好意を募らせる自分に、どこか後ろめたさを感じながら、清く華やかな恋の産湯に、私は首まで浸かって、その心地よさに、より陶酔を深めていったのです。素敵な時間でした。私は彼女におたよりを送って、彼女が楽しくお話をしているところにチャットをして。すると時折、彼女がお返事をくれる。そう、時折です。一個の存在が恋心に求める対価として、それはあまりに儚いけれども、私はその儚さを愛しました。
いいえ、いいえ、私は嘘を吐きました。白状します。正直に申し上げます。もう嘘は申しません。約束いたします。私は怖かった。彼女との距離が縮まるのを、心底恐れていた。滑稽です。好きなひととの距離が縮まることを、どうして恐れる必要がありましょうか。しかし、私は彼女の中に、私が生まれるのが恐ろしくてたまらなかった。私は臆病者です。相手を好けば好くほど、自分自身は透明でありたいのです。だって、私は彼女を愛しているけれど、彼女の中に私がいる必要は無いではありませんか。
三
そうです。私はずるい。それだから、私は自分自身がVTuberになったのです。彼女に恋をする以上のことを、求めてしまった。ああ、いけません。いけません。確かにそうとも言えます。しかし、私は芯から前向きなのです。物の見かたは、角度を変えれば白にも黒にも映るでしょう。そういう観点の問題でしかありません。ええ、そうです。端的に言えば、私は彼女に憧れてVTuberになりました。好奇心が行動を起こさせたのです。こんなこと、私などが言うと、少し可笑しいかもしれませんけれど、小さな子供が、幼い憧れの先に見るのと同じものです。好きで好きでたまらないものを、自分自身でやってみたくなったのです。
はじめは独り言でした。小さなマイクに向かって、精一杯、その日のことを報告していました。あれでは、たのしくお喋りなどとは片腹痛い。お粗末なものでした。そんな日々が、たぶん、半年かもう少し続きました。たまに、コメントがつくこともありました。一日に一時間ほどの配信をして、ひとつかふたつ。憧れのVTuberとは比べるのもおこがましいけれど、そのたびにじわっと、嬉しさがこみあげてきました。
ええ、ええ、そうです。今ではもう少し、多くのファンのみなさんがいらっしゃいます。ファンのみなさんが増えたのは、いつだったでしょうか、確か、ゲームの配信を始めてからだと思います。ゲームは大好きです。美しい。この世で最も尊いもののひとつでしょう。私がゲームを遊んで、それでファンのみなさんが盛り上がるのは、正直に申し上げて意外でした。だって、VTuberの彼女は、ゲームをほとんどしていなかった。彼女の配信は、お喋りが主だった内容でした。だから、ゲームを遊ぶたびにファンのみなさんは増えたけれど、そのたび、私と彼女の進む道筋がずれていくようで、肩にかけていた手がほどかれるようで、距離が遠くなっていくようで、不安の色が濃くなりました。私は彼女になりたかった。ああ、いいえ、ごめんなさい、ごめんなさい、こんなご機会を頂いておいて、このようなことを言ってはいけません。聞かなかったことにしてください。頼むから、お忘れになって。とにかく、これが、今までのことです。
四
今、なんとおっしゃいましたか?彼女のことを聞かれましたか?VTuberの彼女のことを。私はあなたに対して、正直にものを言うと決めました。あなたには誠実でいたい。ですので宣言いたしますが、申し上げたくありません。私は、私の尊いものは、私だけが知っていれば良いのです。聖域なのです。誰かにこれを、明け透けに語ることは、聖域が汚されることなのです。あなたが知るべきことではありません。ああ、ああ、そのようなお顔をなさって。ごめんなさい。言いすぎました。彼女はね、もう居ないの。居ないんですよ。いいえ、存在しています。存在しているけど実在しない、そして、もう居ないけれど、ここにいるのです。
VTuberを、ご存じないとおっしゃいましたね。だから、あなたはその宿命もご存じないのでしょう。あなたは、幸せで、しかし不幸せです。胡蝶の夢という言葉があるでしょう。私はあの日からずっと、そんな気分です。VTuberという存在も、概してそんなものかもしれません。彼女も、そして私も、全ては朦朧とした夢の中にあるのです。心地の良い夢と現実の狭間を跨いで、ひたすら揺れているのです。私は幸せでした。もちろん、今もそうです。胸を張って言えます。朝起きて、窓をばしんと叩き開けて、大声で叫ぶことだってできます。嘘偽りはありません。私は、バーチャルいいゲーマーです。