
夢小説書いたからみてウス!
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26
丹波
暴騰する地価。浮足立つ電子霊体たち。バーチャル大霊界はバブル経済の真っ只中だった。そして、裏たんばもまた、史上最高レートの時代を迎えていた……。
魔都・バーチャル歌舞伎町。暗い夜のとばりの底。通りには行き交う電子霊体たちが絶えず、好景気の盛り上がりをそっくり写し取ったかのように、活気と情熱の炎が燃えていた。
「すげェーウス!本物の都会ウス!」
初めてバーチャル東京を訪れたバーチャルいいゲーマーは、完全な田舎者だった。あるいは荘厳なる大都会の摩天楼に、あるいは煌びやかな繁華街のネオンにいちいち感動し、立ち止まってはあちこちを見上げた。
都会の暗い事情を知らないほど幼くはなかった。華やかなネオンの下には、実にさまざまな種類の違法営業店舗が並び、いたいけな通行者を虎視眈々と狙っている。出発の前には、じっちゃんから散々に釘を刺されもした。
「あったウス!」
しかしその闇こそが、バーチャルいいゲーマーをこの地に呼び寄せたのである。
店先に置かれた電飾看板には蛾がたかっていた。出発前に仕入れた情報にあったとおりの店構え。その筋では有名な、裏たんばのできる”たん荘”だった。
店名を、"バーチャル空紅"。
”裏たんば”。
あるいは有体に”賭けたんば”と呼ぶ場合も多い。徳やバズを賭けて行われるご禁制のたんばである。腕に覚えのあるたん士なら誰もが憧れる闇の鉄火場だが、平和だけが取り柄のバーチャル豊橋には、無論、そのような舞台は用意されていなかった。
バーチャル大霊界には、”輪廻転生リバーシブルゲームたんば”以外の娯楽が存在しない。だから、本能で娯楽を求めるバーチャルいいゲーマーは、これまで一心不乱にたんばをし続けてきた。暇さえあれば近所の電子霊体とたんばをしまくり、時に夜を明かした。バーチャル大霊界の住人であれば、ほとんど誰もがそのルールを知り、頻繁に遊ぶ者の多いたんばだが、バーチャルいいゲーマーの入れ込みようには偏執的なものがあった。
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「いらっしゃいませ」
バーチャル空紅の扉を潜ったバーチャルいいゲーマーは拍子抜けした。意外に普通のたん荘が、そこに広がっていたからだ。明るく小ぎれいな店内にはたんばの卓が四つ並び、客の世話をする店員の電子霊体と目が合うと、快活な挨拶で歓迎された。てっきり、もっと薄暗く薄汚れた店内で、やくざまがいの店員がにらみを利かせているものと身構えていた。すこし狭いが、地元にあるたん荘と大きく変わらない雰囲気。違いといえば、いつでも空席が目立つ地元のそれと違い、すべての卓が満席で賑やかなことだった。
「今、ちょうど満卓でして」
「いいや、卓割れだ。金欠、金欠」
すぐそばの席でたんばをしていた電子霊体が立ち上がり言った。こともなげに振る舞っていたが、額の冷や汗が彼の窮状を物語っていた。つまり、ここはやはり、紛れもなくそういう場所なのだ。
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「———たんばカードで上がりウス!」
「———上がりウス!」
「———三種の神器と守護霊で上がりウス!!」
快勝だった。運も味方したが、それ以上に実力で勝っている実感があった。バーチャル豊橋で、半ば壁打ちのような不毛を不毛とも思わずひたすらたんばに明け暮れたバーチャルいいゲーマーの腕前は、本人も知らぬ間に、鉄火場の猛者に匹敵するほどにまで成長していたのだった。
場代五千徳のトップ払い。一着五万徳、二着一万徳のドベ払い。”神のめぐみ”の最低入札額千徳。すなわち、一般的な月の稼ぎが数戦ですっかり動いてしまうレートである。これが、このころのバーチャル歌舞伎町における平均的なレートだった。
ドベ一回で首まで沈む軍資金で飛び込んだバーチャルいいゲーマーだったが、四回戦を終え、それを三十二万七千徳まで増やしていた。
勝てるかどうかは分からなかったし、そこを問題とは思っていなかった。ただ強いたん士と戦いたかった。ギリギリの軍資金で挑んだのは、そもそもレートをよくわかっておらず、適当に徳を持ち出してきたことに起因した。
そして、勝てる。勝てるし面白い。バーチャル歌舞伎町のたん士は、地元の電子霊体たちとは比べ物にならないほど強かった。使う戦術の数々は地元では見られないものばかりだったし、そういったものを目にするたび、初めての都会に抱いた以上の感動を覚えた。非合法のサイコロを振るたび、胸のすく思いがした。
「調子がいいな、ハチマキの」
「はちがねウス。バンドって言ってくれてもいいウス」
「都会のたんばはよォ、怖いんだぜェ……」
不敵に微笑んだのは対面の電子霊体だった。毛むくじゃらの顔で大きな瞳。ツンと突き出た口元はほんのりと歪み、小さな牙を見え隠れさせて凄んでいるが、体躯はバーチャルいいゲーマーより二回り小さい。それと認識するのはずっと後のことになるが、現世のチワワという生物にうり二つだった。
続く五回戦。勝ち親でカードを配置するバーチャルいいゲーマーを、同卓の三名がぎらりと睨みつけた。
バーチャル空紅では、一卓四電子霊体の現世・死後戦が採用されている。五電子霊体の卓が最適とされている輪廻転生リバーシブルゲームたんばだが、バーチャル歌舞伎町のたん荘では客の回転効率が鑑みられてこの設定が多かった。現世と死後を一巡するルールは発揮される運と実力とのバランスが良く、おもに東バーチャル大霊界で普及していた。
この回も、やはりバーチャルいいゲーマーの優勢で推移した。事が起きたのは死後の世界、バーチャルいいゲーマーが精霊会に突入した手番だった。
「”上昇か強奪”ウス。守護霊くれウス」
「たんば」
「たんばは対面が持っているウス」
「勘違いじゃねぇのか?」
そう言って、上家の電子霊体はたんばカードを盤の中央に放り投げた。この回、現世でたんばにしたのは、紛れもなく対面の電子霊体だった。だから当然、たんばカードも対面が持っているはずである。
バーチャルいいゲーマーは、しばしあっけに取られた。牧歌的なバーチャル豊橋の田舎たんばからは決して生じえない、理外の一撃。同卓の電子霊体たちが、これ見よがしにニヤニヤと嘲笑の色を隠しもせずにたんば再抽選のサイを振る。こいつら…………”列”だ!
列。すなわち、同卓した者同士の、イカサマを前提とした結託である。対面が上家に、机の下からたんばカードを手渡した。誰の目にも明らかな不正行為だが、個々プレイヤーが覚えているかいないかがルールに先行する輪廻転生リバーシブルゲームたんばである。審判も観客もいない場合、一電子霊体が異を唱えたところで有耶無耶にされてしまう。つまり、声を上げなかった下家も列の一員である。
「八だ」
「五」
「十だな」
「十二ウス。たんばくれウス」
チャチな不正が問題にならないほど、この日のバーチャルいいゲーマーは仕上がっていた。
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「と、徳がいっぱいウス!こんなの初めてウス~」
「やってられんぜ」
「こういう日もあらァ」
六回戦終了————。
バーチャルいいゲーマー +328,000徳
対面(チワワ) ▲121,000徳
上家(コーギー) ▲65,000徳
下家(マンチカン) ▲112,000徳
裏たんばの初陣、完全なるビギナーズ・ラック。紛れもなく、バーチャルいいゲーマーのツキは最高潮に達していた。
「ハチガネよ、今夜は解散だ」
「バーチャル歌舞伎町、初めてなんだろ。たんばはほどほどに楽しみな」
「ウスウス~」
「ほかに打てる卓ないウス?」
「へい、ちょうどさっき一人空いた卓がありまして、次から入れます」
店員が示した方を見ると、三電子霊体でたんばをしている卓がある。バーチャル空紅では、夜が更けて客足が尻すぼみとなる時間帯に限り、三電子霊体以下でのたんばを解禁していた。
その卓の面子は、先ほどまでの柄の悪い卓とは少し違う、不思議なオーラを放っていた。特にあの二人。恰幅が良くヒゲを蓄えた電子霊体と……
「…………」
全身黒ずくめの電子霊体。切れ込みのような鋭い目元は、虚ろなようにも全てを見通しているようにも感じられた。流れるようにカードと駒を捌く様は美しくすらあった。相当に場慣れした雰囲気だ。
「すみませんが、おひとり加わっていただきます」
「おう」
「バーチャルいいゲーマーっていいますウス」
「傀……と呼ばれています」
黒服の電子霊体がそう名乗った。バーチャルいいゲーマーが案内された席は、傀の対面だった。ヒゲの電子霊体は上家、もう一電子霊体が下家という配置である。
一回戦。手番はバーチャルいいゲーマーからスタート。駒はミジンコ。
「ツイてるトキは……まっすぐ進むウス!」
サイの目は二・四。ミジンコ特権で一マス進み、徳カードを二枚得る。”おそばのおつゆを最後まで全部飲んだ。”、”みそ汁をこぼした時、作ってくれた妻にすぐあやまった。”の徳カードを手中に収めた。ツキの乗った、強い一手である。
続く下家は無難に第一投を終え、対面、傀の手番。駒はナマコ。
「…………」
サイの目は二・三。”ヘドロで死ぬ”のマスに沈没。”燃えないゴミは、燃えるゴミとちゃんとに分けた。”の徳カードを手に入れるも、あえなくスタートに戻される。
(クロウトぶって見えたけど……大したことないウス?)
訝しみながらも駒を進めるバーチャルいいゲーマーは、まさに八面六臂の勢いだった。一回戦の終盤に差し掛かると、たんば(1)・三種の神器・守護霊のフルコース。文句なしの一着で神に到達した。
「たんばに一万徳だ」
「三種の神器、二千ずつでどうだ」
「三千出す」
バーチャルいいゲーマーの上がりによって神のめぐみの入札が開始されたが、ひとつ異様なことがあった。
「…………」
傀が微動だにしないのである。勝負を投げるような位置にいるわけでもない。それなのに、たんばにも三種の神器にも、守護霊にも徳カードにも反応を示さず、一声も入札の宣言を発さないまま、ただじっと盤面を見据えて動かない。まるで石のようだった。
(勝つ気…………あらずウスか?)
一回戦終了————。
一着 バーチャルいいゲーマー +66,000徳
二着 上家(ヒゲ) ±0徳
三着 下家(ポニー) ▲1,2000徳
ドベ 対面(傀) ▲60,000徳
序盤の展開のままの勝利。序盤の展開のままのドベ。予定調和のような一回戦。バーチャルいいゲーマーは、肩透かしを食らったような心境だった。傀は着席時に名乗って以降一度も声を発することなく、ただ淡々とサイを降り、コマを進めているだけに見えた。それは、冷たく静かで、どこか魂の抜けたような打ち筋に感じられた。熱気渦巻く鉄火場にあって、そのような打ち方をする者がいることに不気味なものをも覚えたが、その寒気を、自らの優位による高揚が覆い隠した。
「レートを倍にしませんか?」
傀と目が合った。ニヤリと笑った。そう聞こえた。
「乗った」
「勘弁してくれ」
上家が提案に乗り、下家は降りた。こういう場合、乗った者だけが高レートで徳のやり取りをすることになり、降りたものは通常レートのまま勝負続行となる。
「あなたはいかがなさいますか?」
「乗るウスのるウス!今夜はツイてるウスからねぇ~」
第二回戦が開幕。バーチャルいいゲーマー、上家(ヒゲ)、傀、二倍レート。場代一万徳、一着十万徳、二着二万徳、”神のめぐみ”の最低入札額二千徳——。
上がり親のバーチャルいいゲーマーからスタート。駒はミジンコ。
第一投は六・六。”1マス進み徳カードを2枚もらえる”のマスを射抜き、”遺産を全額アフリカ難民に寄贈するという遺言を残した。”、”回り道になっても必ず歩道橋を渡った”の徳カードを入手した。完璧に近い一巡目である。
(間違いないウス!今夜は…………勝利の一夜ウス!!)
その後もバーチャルいいゲーマー圧倒的優位のまま死後の世界へ突入。二回戦続けて、たんば(1)・三種の神器・守護霊のフルコース。恐ろしいほどの強運の波である。一方、傀は現世で盤面外周をのらりくらりと進行し、地を這うもののまま死後の世界へ突入。やはり、調子が良いようには見えなかった。
しかし、たんば終盤。
バーチャルいいゲーマーは悟りの村を三種の神器で難なく通過し、次順のサイは二・三。”転落!”を守護霊で回避。圧倒的な物資の力でゴールに手をかけた。他電子霊体はというと、上家(ヒゲ)が天上界でゾロ目待ちをしているくらいで、下家と傀は未だ天界をウロウロしている状況だった。
「次で上がるウス~!」
「たんばがあるから概ね上がれるウス~!!」
小躍りするバーチャルいいゲーマーをよそに他者も駒を進め、同順、傀の手番。
止まったマスは、”地を這うものは、他人から好きなものをひとつ奪える”だった。フンコロガシで現世を終えた傀は、地を這うものの特権を行使できた。
「守護霊をいただきます」
「たんばじゃなくていいウス?マア……あげるウス」
ゴールの近いものがいる場合、たんばカードを奪うのが定石である。仮にたんばカードをその場で消費され強奪を無効化されても、再抽選で結局自分が貰える場合もあるし、なにより高い確率でたんばカードによるゴールを阻止できる。
「確かに頂戴しました」
それゆえ、ここで守護霊の奪取は誰の目にも不可解なのだが、ツキの大波に打ち震えるバーチャルいいゲーマーはそれを深く考えなかった。
そして次順、バーチャルいいゲーマーが止まったのは、”守護霊に見離される”のマス。守護霊を持っていなければ、天上界に戻されてしまう。
「こ……」
「ここは突撃ウス!たんばを使うウス!勝負のキメどころウス~~!」
たんばは上家(ヒゲ)の手に渡り、バーチャルいいゲーマー、ゴールまで残り三マス。つまり、一と二の目で大勝である。しかし次順、出目は六・六。
「ウ、ウスーッ……ツキが太すぎるウス……」
この一打を契機に、バーチャルいいゲーマーのツキとたんばの展開が噛み合わなくなった。
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「アガリです」
サイを振ればやたらに高い数字は出るが、ゴールにはぴたりと止まれない。いいところまでいってもあと一打がまったく決まらず、気づけば傀がゴール。続いて上家(ヒゲ)、下家にも追い抜かされてしまい、この夜、初めてのドベに沈んでしまった。
二回戦終了————。
一着 傀 +60,000徳
二着 上家(ヒゲ) +4,000徳
三着 下家(ポニー) ▲20,000徳
ドベ バーチャルいいゲーマー ▲40,000徳
「マァーこういうこともあるウス!次で取り返すウスよ!」
続く三回戦————。
「絶好調ウス!単独ぶっちぎりトップウス!傀はずいぶん後ろにいるウスねぇ~!」
バーチャルいいゲーマー、”一番下にいる者とじゃんけんをして、負けたら場所を交代しろ”のマスに停止。
「一番下にいるもの?」
「…………」
対面でこちらを見つめる傀の眼がギラリと光り、自身の背筋がすっと冷たくなっていくのを、バーチャルいいゲーマーはハッキリと感じた。この卓の上、自分が置かれた立場の何かが変わった。それが明確に感じられたが、しかしもう、後に引くこともできなかった。
「————御無礼、アガリです」
「ギャッ!」
「————御無礼、あなたがラスですね」
「ウスウス~……」
「御無礼」
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「バーチャル歌舞伎町に来て、はじめての夜のお相手が傀さんとは……ちょっと気の毒でしたね」
「ま、オノボリサンにはいい薬になったさ」
いつの間にか窓の外が白んでいた。バーチャル空紅は昨夜の盛り上がりが嘘のように静まり返り、店員と上家にいたヒゲの電子霊体が談笑していた。バーチャルいいゲーマーの姿は無かった。
バーチャルいいゲーマーは、結局あれから一度もゴールすることが出来なかった。種銭がぴったり尽きるまでの数戦全てをドベで終え、昨夜の稼ぎはおろか、持ち込んだお土産代まで吐き出してしまっていた。
「ウ、ウスウスウスウス……すっからかんウス~からっけつウス~。都会には怖いたん士がいるウスね……」
傀と名乗った電子霊体は、あれから全ての勝負でトップを獲得していた。バーチャルいいゲーマーが失速するほどに、打ち筋の切れ味を増していくようだった。バーチャル空紅で出会ったたん士はいずれもバーチャル豊橋のたん士よりもレベルが高く思えたが、傀の強さには、なにか次元の違うものが感じられた。
「裏たんば……」
朝焼けに輝くバーチャル歌舞伎町には薄っすらと靄がかかっていた。眠気も相まってまるで夢の中のような風情だったが、軽くなった財布の感覚が、昨晩の出来事が現実であるのをまざまざと主張していた。
「…………面白かったウス!アツい夜だったウス!こういう娯楽を、ほかにももっと楽しみたいウス!」
「ないウスけどね……バーチャル大霊界には……」
バーチャル大霊界には、輪廻転生リバーシブルゲームたんば以外の娯楽が存在しない。バーチャルいいゲーマーが他の娯楽に出会うのは、これからずっと、後のことである。